木目金を知る


<第28回> 杢目金屋収蔵品紹介 木目金小皿

  2021年3月22日

現代でも縁起をかついで幸運のお守りを身に着けることはありますが、日本では古来より身の回りの調度品や装飾品に吉祥文様や、物語や歴史上の名場面を画題として取り入れ、その幸運や強運にあやかろうとしました。
今回ご紹介する木目金の小皿も、手のひらに乗る程度の大きさの中に様々な意匠が凝らされたとても楽しい作品です。



刀装具を作る技術として発展した木目金も、廃刀令後は煙管(きせる)や花瓶など生活用具の制作に用いられるようになりました。この小皿は中央が斜めに色分けされ、左側は銅、右半分が朱色の銅と黒色の赤銅(銅と金の合金)からなる木目金で作られています。さて最初に目につくのはやはり、奇妙な「蛙と貴族らしき男性」そして手前の「貴婦人」でしょうか。周りには菊の花が咲き乱れています。この「蛙と貴族」の組合せと言えば平安貴族の小野道風を表しています。雨の中、何度も失敗しながらついには柳に飛びつくことができた蛙を見て、小野道風があきらめかけていた書の道を極めたという逸話が有名です。花札の絵柄でご存知の方も多いでしょうか。



その小野道風を眺めるかのような貴婦人、手には巻物、傍らには桔梗の花とくれば、それは紫式部のことを表しています。紫式部はその著書「源氏物語」の一節で「手は道風なれば、今めかしうをかしげに、」と「書は今風で美しく」と小野道風を取りあげているのです。また紫式部の邸宅跡と言われる京都のお寺は別名、桔梗の寺と言われ、桔梗の花と共に描かれる貴婦人なら紫式部と当時の人には一目瞭然だったのでしょう。左半分の絵柄は川でしょうか、流水が彫りによって描かれ、菊の花が流れています。この「流水に菊」は吉祥文様であり、「流水」は永遠性、「菊」は中国の故事にちなみ長寿の象徴です。蛙が飛びつく柳を描く代わりに、柳が生えている川岸を描くことで、同時におめでたい図柄にした作者の趣向ではないでしょうか。



さてこの画題に木目金が用いられたのはなぜでしょうか。その木目金の模様は何とも言えない複雑な、怪しい雰囲気とさえ言える背景になっています。小野道風と蛙のいる川岸は全て紫式部の想像の先の世界であり、実際に同じ3次元の世界にいる訳ではありません。それを表現するために、地面ではなく煙幕のようなもの、異次元空間を感じさせる背景にする必要があり、そのためには、木目金の複雑で不規則な模様が適していると作者は考えたのではないでしょうか。



今でもSF映画などで時空を超える際の効果として、このようなとらえどころのない曲線からなる背景を見ることができると思います。


規則的で幾何学的な模様も作り出すことができる木目金の技術ですが、その複雑な制作工程の偶然が生み出す、有機的で唯一無二の模様は、単なる模様ではなく、絵画としての表現をも可能にしていると感じることができる作品です。

ところで、この小皿の蛙は飛び上がる代わりに小野道風の手を引くユーモラスな絵になっています。飾り皿にしては小さいこの小皿の用途はなんだったのでしょう。蛙に導かれてわが道を精進する小野道風と、後世に残る書物を書いた紫式部のように、大成することを願う文筆家の書斎の小物置きでしょうか。なかなか他に見ることのできない逸品です。

<第27回> 杢目金屋収蔵木目金鐔「復元研究」

  2021年3月5日

杢目金屋代表の髙橋は毎年1点木目金作品の復元研究を行っています。2020年は江戸時代中後期に作られた鐔「銘 予州松山住正阿弥盛国」の復元制作を行いました。

復元した鐔は日本美術刀剣保存協会「2020年度現代刀職展」にて優秀賞に次ぐ努力賞を受賞、両国の刀剣博物館にて昨年11月に展示されました。

 
今回は髙橋代表の復元研究記録を元にその概要をご紹介します。
この鐔の特徴は何といってもその特徴的な模様です。現存する木目金の鐔において他に類を見ない「四角紋」が全面に施されています。
「銘 予州松山住正阿弥盛国」江戸時代中後期
 
刀を通す中央の穴の両脇にある櫃穴(ひつあな)は菊の葉の形になっており、鐔の表面に施された立体的な象嵌は菊を表現しています。これら具象文様との一見複雑な組み合わせにおいても、木目金の四角紋は主張しすぎることなく、あくまでも背景としての脇役でありながら、それでいて互いの美しさを引き立てる役割を担っていると言えます。
 
さてこの四角紋はどのように制作されているのでしょう。櫃穴などの金属の積層が露出しているところを観察すると、この鐔が赤銅、銅を交互に13枚と最後に厚みのある銅を一枚積層した14枚の積層であることがわかります。赤銅、銅の2種類によるシンプルな積層構造です。四角紋の再現は一見とてもシンプルな作業工程にみえましたが、実は大変繊細で丁寧な作業が必要でした。
まず毛彫り鏨(たがね)で十字に彫り、その後片きり鏨で逆四角錐に彫りすきます。この時点で最終的な文様として表出する積層枚数の深さまで彫り、鍛造をしながら平面に成形します。逆四角錐は丸状の彫りの形状と違い鍛造段階において上の層が下の層に被さってしまう現象が起きやすいため慎重に行う必要があります。模様が被さってしまった箇所は都度丁寧に再度彫りを入れながら平面へと成形する必要がありました。また模様彫りは、一定の割合で縮小した鐔型に彫り、最終的に平面に延ばした時に鐔と模様が同じ大きさになるようにしています。
 
1.トレースした模様をタガネで彫る

2.四角紋彫り

3.後で延ばすことを想定して小さい鐔型に彫っている

4.元の鐔の大きさまで圧延

5.鐔型の切り出し

6.表裏を張り合わせ完成

7.煮色着色

復元鐔

 
木目金の模様は色の異なる金属を何層にも重ね、彫りやねじりなどを加え平らに延ばすことを繰り返して作られます。この四角紋は、制作者である正阿弥盛国が木目金の模様が生まれるその偶然性をコントロールする確かな技術の持ち主であることを意味していると言えます。途中段階の彫りの微細な差異が最終的な四角紋様の表出に大きく影響を及ぼすこと、また象嵌、彫りの工程、仕上げの工程と完成まで幾度も加工を加える必要があり、それによって文様は確実に変化しつづけること、それらも考慮した上で、四角紋の配列や大きさのバランスに関して確かな構成力と計画的な作業を行えることが求められるからです。すべての工程を想定し作業するには多くの経験を必要としたはずであり、盛国が複数の木目金の制作をしていた可能性を物語っています。しかしながら、盛国の意図は四角紋と言う特殊な文様制作の技術力の誇示ではありません。その文様が彫りや象嵌などの景色として自然に溶け込んでいる点からわかるように、木目金はあくまで脇役として、表現したい鐔の世界観の演出としての背景として用いています。

<第26回> 杢目金屋収蔵木目金作品紹介

  2020年1月27日

現代の暮らしにおいては、床の間に季節ごとにしつらえをすることも少なくなり、床の間そのものが無い家も多くなりましたが、お正月に鏡餅をお供えする風習はまだまだ根付いているのではないでしょうか。年神様にお供えをし、神様のパワーが宿るとされる餅を食することで、新たな一年の幸福を願います。古来より日本では福を呼ぶと考えられているモチーフを持ち物や着る物の装飾に、いわゆる「宝づくし」文様として取り入れたり、その物を家の中に飾ることで幸運が舞い込むことを願いました。今回ご紹介する木目金で制作された「打ち出の小槌」もその幸運のモチーフの一つです。
 

 
「打ち出の小槌」は大黒様の持ち物としてよく知られています。大黒様は七福神の一つであり、人々に富をもたらす神様です。右手に打ち出の小槌を持ち、左手に持つ大きな袋には宝や福が詰まっているとされます。小槌を一振りする度に小判が降り注ぐと言われ、財宝、富の象徴となっています。
 この小槌は木製であらわされることが多いのですが、今回ご紹介する小槌は木目金で作られ、金銀色の象嵌が施された大変豪華なものです。大小どちらの小槌も持ち手の部分は、銅、赤銅、四分一(銅と銀の合金)の3色が重なる縞模様の木目金により作られています。槌の本体の木目金は、同じ積層にさらに大胆に彫りを加え、複雑で豪壮な雰囲気を漂わせた模様になっています。大きい方の小槌には夫婦円満を象徴する夫婦鶴と長寿のシンボルである亀がはめ込み象嵌(ぞうがん)されています。この小槌の大きさは全長が22センチ、本体の横幅が9.5センチです。わずか数センチの鶴や亀は繊細な細工により小さいながらリアルな存在感を醸し出しています。大胆な模様の木目金の地と組み合わさることで、豪華さが際立つ装飾となっています。また、大小どちらの小槌にも大黒様の使いと言われる愛らしい金銀色の「鼠(ねずみ)」もあしらわれ、幸運をもたらす「打ち出の小槌」であることを象徴しています。まさに「おめでたづくし」の鑑賞者の目を大いに楽しませる作品です。
 

 
両作品とも、明治時代に作られたものです。廃刀令により刀の鐔を作る技術から、矢立や煙管など生活用品を作るために用いられるようになった木目金。近代においてはその装飾性の高さから、以前ご紹介したロンドンのビクトリア&アルバート美術館所蔵の花瓶に代表されるような観賞用の美術品の制作にも用いられるようになりました。作品の土台となる下地に用いることで、そこに施された他の装飾を引き立てると同時に、全体の調和をもたらし、装飾性を高める効果を発揮しています。
 

 
現代では、どんなに複雑な色、模様、デザインであっても、金属だけでなく様々な素材に印刷加工することが可能です。そのような技術が無かった時代において、有機的で変化に富んだ模様の素材を作ることを可能にした木目金技術の誕生は、画期的なことだったと言えるのではないでしょうか。


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<第25回> 大阪歴史博物館刀装具展紹介

  2019年11月22日

大阪城がそびえたつ広場のすぐそば大阪歴史博物館にて、特別展「勝矢コレクション刀装具受贈記念 決定版・刀装具鑑賞入門」が開催されています。昭和を代表する刀装具コレクター・刀装具研究者である勝矢俊一氏(1895~1980)のコレクションであった刀装具類の内、同博物館がご遺族より寄贈された927点の中から選りすぐりの約200点が展示されています。また大阪市無形文化財保持者・阪井俊政氏の作品を紹介する「阪井俊政の刀装具」コーナーも設けられており、この阪井氏が所蔵されていた江戸時代の名工高橋正次のグリ彫りの揃い金具を日本杢目金研究所に寄贈いただいたご縁もあり、今回同博物館に訪問してきましたのでご紹介します。



200点にも及ぶ刀装具が一堂に展示される機会はなかなか無く、また、「鑑賞入門」展となっている通り「刀装具とは?」という切り口で、刀の各部位についての丁寧な解説はもちろんですが様々な角度から刀装具を分類し解説が付けられています。今回の特別展示を企画された学芸員の内藤直子さんにもお話をお伺いできましたが、研究者である勝矢氏がこのような分類毎にコレクションしていたであろうと推測し、再構成され展示されたとのことでした。

 
鉄や銅といった素材別の紹介や、モチーフとなった図柄に込められた意味合いを読み解くコーナー、そして江戸時代に日本の各地域に点在した鐔工をその地域の作風毎に紹介した中には、江戸の代表として高橋興次が取り上げられ、日本杢目金研究所が所蔵しているものと同様のグリ彫りの鐔が展示されています。



江戸時代、それぞれの藩の武士の需要に応えるため、おかかえの鐔工も存在するなど、各地域毎に技術やデザイン力が発展し様々な特徴ある鐔が制作されるようになりました。
鐔はご存知の通り、刀に装着された時には表と裏の両面が見えるため、それぞれにデザインが施されています。鑑賞者にそれがよくわかるように工夫された展示は学芸員の内藤さん自らの創意工夫された展示方法とのことでした。鐔の表と裏の図柄を見ることで、なるほどとその意味が分かる江戸時代の職人の洒落にあふれた作品の展示など、とにかく小さな刀装具にギュッと詰め込まれ、施された見事な装飾は見飽きることがないような素晴らしいものばかりです。


鐔以外にも、小柄や縁、頭といった刀装具も流派ごとに丁寧な解説と共に数多く展示されており、中には木製の小柄といった珍しいものも展示されるなど、展示を一通り見終わった後には自分がすっかり刀装具に詳しい人になった気分になれる楽しい展示でした。当日は相模女子大学学芸学部教授、南明日香氏の刀装具に関する講演会も開催され、なんと海外にて1915年出版の日本の工芸品に関する書物内で「木目金」が評価されていた件についても触れられ、大変嬉しい思いをしましたが、この件についてはまたの機会にご紹介します。



同展は12月1日(日)まで開催されていますので、ぜひお近くの皆さんはお出かけされてはいかがでしょうか。


【開催期間】
令和元年10月5日(土)~ 12月1日(日)
【開催時間】
午前9時30分から午後5時まで(会期中の金曜日は午後8時まで)
【会場】
大阪歴史博物館 6階 特別展示室

大阪歴史博物館 特設サイト



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<第24回> 杢目金屋収蔵 刀装具 木目金鐔(つば)復元研究

  2019年11月18日

代表の髙橋が今年復元研究制作を行ったのは江戸時代中後期の鐔「銘 作州の住 正光」です。日本美術刀剣保存協会「現代刀職展」にその復元鐔を出品しました。
前回の復元研究報告「木目金を知る第9回」や「第20回」においても木目金の模様の特徴を分類毎に解説しましたが、今回の鐔の模様はそれらとも異なる特徴がみられます。今回はこの鐔の木目金模様に注目してご紹介します。

 
上品で女性的な奥ゆかしさの漂う八角形の鐔。古代日本において八は大変縁起の良い「聖数」とされ、また全ての方位「八卦(はっけ)」を示すというバランスが良く安定した形です。すっきりとした八角形の鐔一面に広がる繊細な木目金の模様。あたかも朱色の銅の地に「墨流し」により繊細で複雑な線を写し取ったかのようです。
黒い色の部分は赤銅(銅と金の合金)で、木目金はこの赤銅と銅を何層にも積層した素材にタガネで凹凸をつけ削り出すことで模様を浮かび上がらせます。銅に対して赤銅の厚みをかなり薄くしたものを重ねることで、最終的に平らにした時に細く繊細な線を描くことができます。



「木目金地鐔 銘 作州之住 正光」復元制作 髙橋正樹
 
日本では平安時代の三十六歌仙の和歌を集めた「三十六人家集」の巻物のように、和歌をしたためる脇役としての下地の紙に様々な装飾を施したものが見られます。「継紙」と呼ばれる異なる色の和紙を継いだ美しい絵画的なものや、華麗な模様を透かしにより漉いた和紙、金箔等をちらす装飾などと共に「墨流し」もその一つです。水面に墨をたらしこみ、揺れ動く模様をそのまま和紙に写し取ることで、二度と同じものが現れない唯一無二の現象をとらえる技法です。その模様はまた刻々とうつろう雲が生み出す幻想的な空模様にも通じるところがあるかもしれません。


三十六人家集
 
そして木目金の技法も同様です。この鐔の制作者は偶然性を利用しながら模様を生み出すその特性の共通点を感じ取り、模様として表現したのではないでしょうか。刀に装着した状態では一見、はた目には模様はわからないでしょう。しかしながら間近で眺めれば眺めるほど無限に広がる複雑で繊細な模様に引き込まれる不思議な魅力を持った木目金の鐔です。



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<第23回> 杢目金屋収蔵 刀装具 木目金鐔(つば)の紹介

  2019年9月27日

2019年の「中秋の名月」は9月13日でした。皆様も月を愛でられましたでしょうか。
日本では月の模様が兎が餅つきをする様子にたとえられますが、古来より月と兎の組み合わせは工芸の世界において画題として大変多く見られます。その中の一つに、直接「月」を描かずに「兎」とその他のモチーフの組み合わせにより「月」を連想させる方法があります。
今回ご紹介する江戸時代後期に作られた木目金の鐔の画題がそうです。
「木賊(とくさ)に兎」
植物の「木賊」とかたわらにたたずむ「兎」。この二つだけで構成される画題は18世紀以降の工芸において作例が大変多く見られます。
世阿弥の謡曲「木賊」に挿入される歌「木賊刈る 園原山の木の間より 磨かれ出づる
秋の夜の月影をもいざや刈ろうよ」が元とも言われています。この歌の内容を絵として表現する際に、「磨かれ出づる月」つまり「明るい月=満月」から連想される「兎」を描くことで、逆に「満月」を描かずして連想させるという手法です。


杢目金屋が所蔵するこちらの木目金の鐔において描かれるのは「木賊」と「上を見上げる兎」。一見したところ鐔の中心部分、刀にはめた時に隠れる部分のみに木目金の複雑な模様が見られますが、実は鐔の全体が銅と赤銅からなる二色の木目金で作られています。そしてその表面を黒く仕上げることで夜の暗闇を表現。しかしながら光の当たる角度により、下地の木目金の模様がうっすらと浮かび上がります。鐔の制作者はこの手法により、完全な暗闇ではない、月明かりに浮かぶ辺りの気配というものを感じさせようとしているのではないでしょうか。「上を見上げる兎」の先には満月が明るく輝いているのでしょう。木目金が単なる地模様ではなく、情景を表現するために一役買っています。


木賊と兎は金、銀等の金属により立体的に象嵌されており、さらに木賊も兎も表面に大変細かな線彫りが施されていて、それぞれの質感が繊細に表現されています。兎の眼に施された赤い彩色は、兎の愛らしさを表すと共に、この作品のチャームポイントになっています。
直径7センチにも満たない小さな鐔に詰め込まれた大変高度な金工技術。木目金の技術が、脇役でありながら作品の主題を表現する重要な役割を担っているといえる作品です。

最後に東京国立博物館に所蔵されている歌川広重の浮世絵「月下木賊に兎」をご紹介します。こちらは満月が描かれ、それを見上げる兎が描かれています。鐔の画像と見比べてみていただくのも一興です。



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<第22回> 木目金鐔(つば)の形状種類

  2019年8月9日

木目金の技術は刀の鐔を作る技術から誕生しました。
刀が武器として用いられていた時代から、平和な江戸の世になるにつれ、刀装具は武士の身分や個性を表現する装身具としての意味合いが強くなりました。そのため装飾性の高い鐔が作られるようになり、複雑な模様を生み出す木目金が用いられるようになったのです。
鐔の形も持ち主の好みに合わせて様々に作られました。いにしえの人々は、単なるデザインとして形を選ぶのではなく、その形により縁起をかついだり願いを込めました。木目金の鐔のご紹介とともにその形の意味をご紹介します。
 
◆丸形
鐔の形として最も多く用いられた形です。「丸」は「完全」を意味し、また「角が無い」など良い意味で万人に好まれる形です。

 
◆木瓜形(もっこうがた)
ウリ科の植物「木瓜」の切り口に似ていることでこう呼ばれます。「木瓜」は多くの実がなることや、鳥の巣の形にも似ているため、「子孫繁栄」を祈る意味で古来より好まれてきた形です。四つ木瓜、五つ木瓜、八つ木瓜等の種類があります。

 
◆障泥形(あおりがた)
「障泥」とは馬具の一部で、泥よけとして馬の胴にかぶせる革具のことをいい、武士にとって身近な形であったため鐔の形状にも用いられました。上部の横幅より下部がいくぶん幅広に作られた安定した形です。

 
◆軍配形(ぐんばいがた)
軍配は古くから悪鬼を払い霊威を呼び寄せるという意味合いで神事などにも用いられてきました。また勝利をつかみ軍配があがるよう良い方向に指揮するために采配を振るように、物事を進めるうえで良い方向への指針を示すという縁起の良い形です。

 
◆菊花形
江戸時代より9月9日を「重陽の節句」、別名「菊の節句」と呼び、菊酒をあおり長寿を祈るなど、日本人にとって縁起が良くなじみ深い花の形です。

 
◆八角形
古代日本において八は「聖数」とされ大変縁起の良い数とされてきました。また全ての方位「八卦(はっけ)」を示しバランスが良く安定した形です。

 
この他にも様々な形の鐔がありますが、そのいずれもが縁起の良い意味を持ち、いにしえ人が大切に身につけていたことが想像できます。
杢目金屋では、そのようないにしえ人の願いを受け継ぎ、江戸時代当時も人気があったと伝えられる「四つ木瓜形」をモチーフとした「鐔ジュエリー」を制作しています。



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<番外編> セイコーウオッチ(株)木目金時計

  2019年6月14日

木目金フェアにお越しいただくお客さまから、欲しいアイテムとしてジュエリー以外に「腕時計」を挙げていただくことがあります。この度、文字盤を木目金で制作した腕時計が販売されることとなりました。セイコーウオッチ株式会社と杢目金屋がコラボレーションし、セイコー高級ブランド<クレドール>の「ブランド誕生45周年記念モデル」として限定販売されます。

「木目金ダイヤル」としてクレドールのWEBサイトに特設ページが設けられています。
「クレドールがこれまで歩んできた45年の年輪。
これを表現するため、江戸時代から伝承されてきた
金属工芸技術「木目金(もくめがね)」でダイヤルを飾ります。
日本で生まれ、育まれてきた独自の技法が織りなす多彩な模様は、
美しさとともに永遠を紡ぎます。」

クレドールは、100年以上に及ぶ SEIKOの歴史に培われた匠の技、時計本来の伝統工芸技能を守りつつ、常に新しいスタイルを作り出していく提案性を失わないことがブランドコンセプトです。世界に通用するオリジナリティとして、日本人の美意識を凝縮させたデザインを目指し、これまでにも伝統工芸の漆芸を取り入れ、漆黒の漆塗に螺鈿細工と蒔絵が大胆に施されたモデルも発売されています。

「木目金ダイヤル」のデザインコンセプトは「風杢(かぜもく)」
日本の原風景と言える風になびく稲穂をイメージし、黄金色に染まった豊饒の風景をデザインとして昇華させたオリジナルデザインです。
かつて江戸時代に鐔工の高橋興次は「竜田川を漂う紅葉」や「吉野川に浮かぶ桜」のイメージを木目金により刀の鐔の中にデザインしました。流れゆく川が移ろいゆく時の経過を表現しています。今回は時計の文字盤という小さな世界に、目には見えない「風」を表現し、そこに「時」の存在を可視化しました。

今回は、杢目金屋でも初の試みとなったこの時計の文字盤制作の工程をご紹介いたします。
文字盤の木目金は18Kホワイト・イエロー・ピンクゴールド、シルバーの金属により制作しています。

最終的に金属を伸ばして完成した時点の模様を想定してそれぞれの色の金属のプレートを重ねます。通常のリングを制作する時よりも重ねる板が大きく、枚数も多いため、接合にさらなる工夫が必要です。
1枚のプレートの厚みは0.15~0.2㎜。積層して電子炉にて拡散接合します。

1点1点リューターを使用して手作業で彫りを施します。彫りの深さを変えることで表面に出てくる金属の色を変えますが、彫り、加熱、圧延を繰り返し模様を制作していきます。




最終的に文字盤となる板の厚みは0.8mm。その厚みまで伸ばした時に、理想通りの模様になるように、慎重に彫りと伸ばしを繰り返します。


文字盤の大きさの円形に切り出し、最後に模様を際立たせ表情が出るように表面仕上げをして完成です。

この後セイコーウオッチ株式会社にて時計へと仕立てられます。18Kピンクゴールドのケースには、極薄手巻きムーブメント「キャリバー 6890」がおさめられています。厚さわずか1.98mmの薄さゆえに、熟練した時計師でも一日にわずか1個から2個しか組み立てられない、限られた職人の高度な手仕事により生み出される贅沢な逸品に仕上がっています。



今回のコラボ商品は、杢目金屋でいつも制作している結婚指輪とはまた一つ違う難しさがあったようです。その辺りを職人に語ってもらいました。
・試作について
最終的に伸ばして完成した時点の模様がイメージ通りになるように、0.05mm単位で1枚1枚の積層の厚みを変えながら何度も接合、彫りを繰り返しました。文字盤という限られた面積であり、厚みが0.8㎜と決まっているため、積層を深く彫りすぎると規定の厚みになったときに彫跡が表面に残ってしまう。浅くすると模様のイメージが単調に見えてしまう。何層目のシルバーの厚み、ゴールドの厚みを変えるかで模様の印象が大きく変わります。完成品にたどり着くまでいくつの試作をしたかわからないくらいです。

・模様について
手作業によるため二度と全く同じ模様にならない、唯一無二の文様が生まれることが木目金の醍醐味ですが、今回は「風杢」という模様のイメージを保つように、ほぼ同じ模様を制作する必要がありました。少しでも表面を削りすぎると違う模様になってしまうため、刃の角度を一定に保つのに苦労しました。
・仕上げについて
表面に艶消しの加工を施しますが、木目金の特性として数種類の金属を使用しており、素材ごとに硬度が異なるため、表面を荒らす作業の際にむらが起きやすくなります。そのうえリングとは違い広い面積のため、均一な印象に仕上げるのに苦労しました。
また、普段は「平面加工」は行ないませんが、今回は時計という精密機械に設置する文字盤のため為、完全な平らな板の状態に仕上げる必要があります。完成品の厚みは「0.8mm」。硬度の異なる金属でできた極薄の板を完全に平面にするため、ローラーワークやプレスの工程をかなり工夫しました。



このコラボレーション商品の発売は、セイコーウオッチ株式会社の方が日本経済新聞に掲載された代表髙橋へのインタビュー記事をご覧になったのが縁で実現しました。記事は、2015年に結婚指輪をご購入いただいたお客さまが日本経新聞社の記者をされていたご縁によるものです。木目金を探求する高橋に大変ご興味を持って取材していただきました。

江戸時代の木目金作品の復元研究を続け、伝統技術を現代に生きる技術として発展させる取り組みが、また一つ新たな作品を生み出すことにつながっています。

「木目金ダイヤル」は2019年8月9日より全国のクレドールサロン、クレドールショップ にてお取扱い。数量限定(35本)のため事前に各店舗へお問い合わせください。(https://www.credor.com/shop/

WEBサイトで詳しい情報もご覧いただけます。
セイコーウオッチ株式会社https://www.credor.com/45th/mokumegane.html



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<第21回> モノグラムの祖となった家紋

  2019年5月16日

日本には代々家に伝わる紋章、今でいうロゴマークとして家紋があります。
杢目金屋が所蔵する江戸時代の木目金の小柄にも家紋入りのものがあります。

 

 

家紋の由来は平安時代にさかのぼります。貴族社会において、自然のモチーフを衣服や調度品の装飾に用いる中で、好みの文様を繰り返し使用している内に、家の象徴としての紋章へと発展したようです。また江戸時代以前の武家社会においては、どの大名の系列かわかるように、ひいては戦場において敵か味方かを区別するために用いられたと言われます。遠くからでも見分けが容易なシンプルな紋章が用いられていたようです。それが江戸時代の太平の世になり町人文化が発達するに連れ、歌舞伎役者や町人が「粋」を競い合って用いたことで広まったようです。
この頃には、代々受け継いで守っていくものとしての家紋にこだわらず、図形として装飾的なデザインとして楽しむ、いわゆる「家紋散らし」と呼ばれるものも登場しています。

革製品の一面にロゴマークを配した海外有名ブランドのモノグラムも実はルーツはこの「家紋散らし」からできたものと言われています。
杢目金屋では、ご結婚指輪の内側に家紋を刻印することができるため、ご両家の家紋を刻印される方も多くいらっしゃいます。


先ほどご紹介した木目金の小柄は、この「家紋散らし」と考えられます。


小柄の全面に配された複雑で繊細な木目金模様が下地となることで、そこに線象眼(せんぞうがん:タガネで細く彫りを入れた部分に金線を埋め込む技法)で描かれた金の家紋がより際立っています。


扇型の家紋は、木目金の元祖、正阿弥伝兵衛がお抱え工になっていた秋田の佐竹藩の家紋と同じものです。

木目金は、その模様表現により、主役にも名脇役にもなることができる装飾技術と言えます。


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<第20回> 木目金の模様の種類

  2019年4月18日

金属の積層に彫りやねじりを加えることで生み出される木目金の模様。職人の手作りであるため、一つとして同じ模様は生まれないため、作品の一つ一つが唯一無二と言えます。今回は、それらをあえて特徴的な模様毎に分類してご紹介しましょう。

まず最初は木目金を生み出した秋田正阿弥系の木目金です。流れるような斜めの縞模様と丸い玉杢模様が組み合わされ、金、銀、銅、赤銅の華やかな色合いが特徴です。
彫りとねじりを巧みに組み合わせて模様を生む、元祖木目金の高度な技による木目金です。
正阿弥伝兵衛模様として、杢目金屋のジュエリーの模様にも用いていて大変人気があります。

 

現在残る江戸時代の木目金の鐔で最も一般的と言える模様がこちらです。
金属の積層をランダムにタガネで彫り平らに伸ばすことで、複雑で優雅な模様を生み出しています。

江戸時代後期に武州川越(現在の埼玉県川越市)に住んでいた恒忠が作る木目金は、玉杢模様が特徴です。「玉杢」とは木材の木目模様においても珍重される模様で、渦のような同心円の重なりが生み出す美しい模様です。色の違う金属の積層を丸く彫った後、平らに伸ばすことでこの玉杢が生まれます。恒忠は様々な大きさの玉杢で鐔全体を覆うことで躍動感のある美しい模様を生み出しています。

 

江戸で活躍していた高橋興次の木目金の特徴は、何といっても、鐔という小さな画面に時の流れまでも感じさせる風流な景色をそのまま表現している点です。川面に浮かぶ桜の花や紅葉が具象化されています。それまでは文様を作る技術であった木目金を具体的なイメージを表現する技術に高めています。

 

その興次の模様とは対照的に、こちらは江戸時代後期の鐔に見られるパターン化された文様の木目金です。繊細な垂直なストライプの彫りを不規則に重ねることによって全体としては規則的なパターンとなり、木目金の技術は完全に文様を作る技術として扱われています。

 

最後に大変貴重な木目金の模様をご紹介しましょう。
正阿弥派は全国各地に広がり活躍しましたが、伊予国(現在の愛媛県松山市)の鐔工、正阿弥盛国は珍しい四角紋の模様を残しています。玉杢の制作方法と同じく積層した金属を彫り下げて模様を生み出しますが、四角形に彫り下げた大小の紋様を不規則に鐔の表面に散らすことで、大胆で雄々しい表情を見せています。他には類を見ない特徴的な模様です。

 

木目金の模様は制作者と金属との対話から生み出されると言われます。制作者の意図に偶然性が重ねられて生まれる模様は、世界に一つの唯一無二の模様です。

 


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